国連が,我々の地球を汚染する最大の元凶に戦争をしかけると宣言しました.
相手は,そう「海のプラスチック」です(UNEP Newscentre).
毎年,800万トン以上のプラスチックごみが海に流れ込んでおり(Jambeck et al. 2015),その経済損失は年間で80億ドル(だいたい9500億円)になります(UNEP 2014).
このペースで海にプラスチックが捨てられると,2050年にはプラスチックの量が魚を超え(World Economic Forum 2016),99%の海鳥種がプラスチックを誤食するはめになると推定されています(Wilcox et al. 2015).
銀河系の星の数の500倍
さらに,小さなマイクロプラスチックの数は増え続けています.
推定で51兆個のマイクロプラスチックが世界中の海を漂っており(van Sebille et al. 2015),その数は,銀河系の星の数の500倍に相当します(UNEP Newscentre).
しかし,研究が進むにつれ,そんな途方もない天文学的な数のプラスチックは氷山の一角だったことがわかってきます.
消えない海洋プラスチック
海洋に入りこんだプラスチックごみは,海水より軽いモノは浮き重いモノは沈んでいきます.
そして,浅い沿岸から深い深海まで,広大な海の表面から海底の堆積物まで,様々な海の空間に蓄積していきます.
プラスチックは,その安定した構造上のため微生物に分解されることはほぼありません(Andrady 1994).
海に入ったプラスチックが物理的に分解されるには数百年〜数千年の長い時間が必要です(Barnes et al. 2009).
そのため,1950年頃から大量に作られ始めたプラスチックのうち海に漏れ出してしまったもののほとんどは今なお現存すると考えられます(UNEP & GRID-Arendal 2016).
8600万トンの海洋プラスチックごみ
1950年頃から海に流れ込み,蓄積したプラスチックの量はどのくらいになるのでしょうか?
仮に,廃棄されたプラスチックごみが海に漏れ出す率を1.4%〜2.8%だとすると,現在,地球上に溜まっている海洋プラスチックごみ量のラフな推定は,8600万トン〜1億5000万トンになります(Jang et al. 2015, Ocean Conservancy & McKinsey Center for Business and Environment 2015).
しかし全部のプラスチックごみが海の上を浮かぶわけではありません.
一部はすぐに沈みます.
現在,製造されているプラスチック製品の半分以上は海水よりも比重が小さい(海に浮く)ことがわかっています(PlasticEurope 2015).
たとえば,ペットボトルのキャップ(ポリプロピレンやポリエチレン)は比重が小さいので海水に浮き,ペットボトルの本体(ポリエチレンテレフタレート)は比重が大きいので海水に沈みます.
北米では,廃棄されたプラスチックごみのうち,66%は海に浮き,残りの34%は沈むことが知られています(Engler 2012).
この浮く:沈む比(66 : 34)を使って推定してみましょう.
仮に1950年から海洋に蓄積している全てのプラスチックごみの重さを控えめに8600万トンだとします(Jang et al. 2015).
そうすると,海の表面を浮いているプラスチックは5700万トンで,残りの2900万トンは海底に沈んでいることになります.
海の表面を浮くプラスチックの一部は湾などの沿岸域に留まりますが,大部分は波にさらわれて,最終的には外洋の表層に運ばれていきます.
およそ60%〜64%の軽いプラスチックごみが沿岸から外洋に運ばれると推定されています(Lebreton et al. 2012).
その比率(60%〜64%)を5700万トンに当てはめると,最低でも3400万トンのプラスチックごみが外洋の表層に浮いている計算になります(UNEP & GRID-Arendal 2016).
しかし実際に外洋の表層に浮かぶプラスチックを調べた科学者たちは,どう考えてもそんな3400万トンもプラスチックが浮いていないことに気付きます.
失われたプラスチックー行方不明
これまでにたくさんの研究者たちが,船による観測とコンピュータシュミレーションを駆使して,外洋の表層に浮かんでいるプラスチックごみの量を推定してきました.
たとえば,ある研究は7千トン〜3万5千トンと推定(Cózar et al. 2014),別の研究では6万6千トンと推定しました(Eriksen et al. 2014).51兆個のマイクロプラスチックについて報告した研究は,9万3000トン〜23万6000トンと推定しています(van Sebille et al. 2015).
推定値が研究によって大きく異なるのは,シュミレーションの方法が異なるからです(データの標準化や排出量のスケールアップなど).
とりあえず世界の海を漂うマイクロプラスチックの量は,もっとも高い推定値を使っても23万6000トンとしましょう.
ただしこの値には,大きなプラスチックごみが含まれていません.
大きさが20 cmよりも大きなプラスチックごみも加味すると,上記の推定値に20万3000トンを上乗せする必要があります(Eriksen et al. 2014).
そうすると,世界の海を漂うプラスチックの量は,およそ44万トンになります.
しかしこの値は,海の上を浮かんでいるはずだった3400万トンのたったの1%程度にしかなりません.
残りの99%は表層から失われたのです.
プラスチックはどこに消えた?
残りの99%のプラスチックは,海のどこかに隠れています.
いろいろと議論があります.大部分は深海に輸送されたのでしょう(Woodall et al. 2014).
海の表層を漂うプラスチックが永遠に浮いていることはありません.
浮いているプラスチックの表面には様々な生物が付着します.やがて付着物の重みで沈んでいきます.
さらに動物プランクトンなどの生物に食べられてマリンスノーとなり,深い海へと沈んでいきます.
再び浜辺に打ち上がったものもあるでしょう.
あるいは海洋生物に誤食されて,生物の体の中に蓄積しているかも知れません.
マイクロプラスチックがさらに微細化して,粉のように超細かくなり,もはやプランクトンネットで採集できない程に小さくなっていると考える研究者もいます.
これまで外洋の表層に浮いているプラスチックごみについて,たくさん関心が集まってきました.
しかし大事なことは,それらは海に蓄積しているプラスチックのわずか1%でしかないということです(UNEP & GRID-Arendal 2016).
残りの99%の行方を求めてさらに研究がすすめられています.