プラスチックごみは海洋生物の殺戮者であることはまちがいなく、気候変動のようにまだ先のことのように思える問題と違って、いま目の前で起きている直接的な脅威となっています。
プラごみによる絡まり
プラスチックごみがもたらす脅威のうち、見た目に分かりやすいのは『絡まり』です(Laist 1997)。
海のプラスチックごみは、その耐久性と長寿命のために、いったん絡まると、海洋生物に大きな被害をもたらします。
すでに海ごみに絡まってしまった海洋生物の報告は3万件を超えており、その種は344種類を超えています(Gall and Thompson 2015, Kühn et al. 2015)。
にもかかわらず、海洋生物がどのくらい海ごみの絡まり被害にあっているか、実際の数を正確に知ることは容易ではありません。
なぜなら、多くの事件は人間の目の届かない離れた場所で起きているからです。
これまでに、クジラやイルカ、アザラシ、ジュゴンなどの海棲哺乳類、海鳥、ウミガメ、サメや様々な魚類から絡まりによる被害が報告されています(Laist 1997, Kühn et al. 2015)。
どういったプラスチックごみに絡まってしまうのでしょうか?わかりやすいのは、ビール缶などのアルミ缶を6本束ねる「6パックリング」です。
このリングに頭を突っ込んで被害にあった海洋生物が多くいます。
しかし、なんと言っても「海に捨てられた漁具」が最悪の絡まり被害を引き起こす最大の要因です。
趣味の釣り人が海に捨てた釣り糸などの釣り具もありますが、それよりも漁師が捨てた漁網や延縄が一番の問題です。
ほとんどの漁具はプラスチックです
漁具の絡まりは1960年代から始まっています。
漁具の素材が天然の繊維からプラスチック素材に代わったときからです。
昔の漁網は麻などの天然素材でできていました。
いまやほとんど全ての漁網はナイロン製やポリエチレン製です。
プラスチック製の漁具は、値段も安く、重量も軽く、漁業に大歓迎されました。
プラスチックでできた漁具は耐久性があり、強度が強く長持ちするようできています。常識的に考えて海中で微生物に分解されることはありません。
運良く回収されない限り、半永久的に海中に残ることになります。
プラスチック製の漁具は極めて頑丈です。
そのため絡まってしまった動物にとって脱出を困難にする要因になっています。
絡まると、動けなくなり、もがき苦しみ疲れ果て、食べるものも捕まえられず、餓死または溺れ死んでいきます(Laist 1997, Pecci et al. 1978)。
絡まって抜け出すことが出来なければ、サメなどの捕食者の餌食になります。
いとも簡単に襲われて食べられてしまうでしょう(Kaiser et al. 1996, Stevens et al. 2000, Hébert et al. 2001)。
襲った捕食者まで一緒に絡まってしまうケースもあります。
クジラやサメなどの大型の生物では、漁具が体に絡まったまま生活をするものもいます。
たいてい動きが制限され、餌も十分にとれず、長生きすることは出来ません。
中には深い傷を負い、皮膚が化膿した生物もいます(Lucas 1992, Arnould & Croxall 1995, Laist 1997, Moore et al. 2009, Allen et al. 2012)。
なぜ漁具を海に捨てるのか
漁船を操業中に、漁具が海底に引っかかり、動けなくなれば、事故を防ぐためにやむを得ずロープを切断して漁網を捨てる場合もあるでしょう。
漁網が何かに引っかかり、ロープが切れて紛失する場合もあります。
問題なのは、故意に海に捨てられた漁網です。
では、なぜ(一部の)漁師は漁具を海に捨てるのでしょうか?
はじめに断っておきますが、漁具を海に捨てる漁師は一部の漁師だけです。
船からごみを海に捨てることは、マンポール条約によって禁止されています。
違法で操業する漁船は、獲れた(盗んだ)魚を船に乗せて帰港する際に、検査をすり抜けるために漁網を海に捨てます。
使用した漁網を持ち帰るよりも漁網を海に捨てて,空いたスペースにもっとたくさんの魚をのせて持ち帰った方が儲かるので、毎回漁網を海に捨てる漁師もいます(Moore & Phillips 2012)。
重たい漁具を捨てた方が燃料の節約にもなります。
世界の海で、年間に、およそどのくらいの漁具が紛失しているか、まだ正確な推定はありません。
しかし、過去数十年の間に漁業や漁場がますます広がり、それに伴い海に捨てられる漁具も急増しています。
世界でも最も遺棄された漁具が多い場所の1つとして知られているのが、北オーストラリアの沿岸です。
主な原因は、オーストラリアの北に位置するアラフラ海やティモール海で操業している漁船(違法操業を含む)から投棄される漁網(または紛失した漁網)です。
それらが北オーストラリアの沿岸に流れてくる量だけでも、年間1キロメートルあたりに3トンにおよびます(Wilcox et al, 2013)。
下図を見ると、オーストラリア北側の海で、船から発生するゴミの量が広範囲に多くなっていることがわかります。
しかし、海底から回収される多くの遺棄プラスチック漁具はその断片で、誰がどこで捨てたのか、推定するのはとても困難とされています。
最悪な絡まりの被害を引き起こすゴーストネット
海に廃棄された漁具(特に漁網)は、クジラをはじめ様々な動物に絡みついています。
このような紛失または遺棄され漁具は『ゴーストネット』と呼ばれ、様々な生物を死に追いやります。
文字通り、幽霊(ゴースト)のように海中を漂い、誰も操作していないのに、魚を含む海洋動物を絡め続けているため、ゴーストネットと呼ばれます。
ゴーストネットは、その表面に様々な付着生物がついて、網目が詰まり、重くなって動かなくなるまで生物を絡め続けます(Erizini 1997, Humborstad et al. 2003, Sancho et al. 2003)。
さらにゴーストネットが海底を引きずり回ることで底生環境に深刻なダメージを与えます。このようなゴーストネットによる無差別な殺戮を『ゴーストフィッシング』といいます(Breen 1990)。
ゴーストネットは、海ごみのうち、体積換算で10%以下だろうと考えられていますが(Macfayden et al. 2009)、場所により大きく異なります。
韓国で行われた調査によれば、日本海で回収される海洋ごみのうち(重量ベースで)半分から4分の3が遺棄された漁具であったと報告されています(Jang et al. 2014)。
外洋では海洋ごみの50-90%がゴーストネットの場合もあります(Hammer et al. 2012)。
いずれにせよ、ゴーストネットが海洋生物に与える絡まり被害は尋常ではありません。