プラスチック汚染- 海洋生物と生態系への影響

アザラシと漁網

海洋生物がプラスチックごみに絡まる悲惨な写真や,海鳥の胃から大量のプラスチックの破片がでてくる衝撃的な映像をご覧になった方もいるでしょう.

増え続ける野生動物への被害

今日,プラスチックの誤食や絡まりによって被害を受けた海洋生物のリストは増加の一途をたどっています(Werner et al. 2016).

わかっている範囲でも、プラごみの誤食(誤飲)と絡まりによって被害をうけた海洋生物のリストは、2015年の時点で557種におよんでいます(Kühn et al. 2015).

どういったタイプのプラスチックごみが,海鳥や海洋哺乳類,ウミガメに最も悪影響を与えているかを考察した最近の研究によれば,漁具,風船,プラスチック袋,プラスチック食器(フォークやストロー等を含む)が誤食と絡まりの被害を引き起す主な要因になっていると説明しています(Wilcox et al. 2016).

しかし,ここ近年,海洋プラスチック問題に関する研究報告は,こぞって「マイクロプラスチック」に関する諸問題を取り上げるようになりました(GESAMP 2016).

汚染物質の運び屋となるマイクロプラスチック

マイクロプラスチックというとても小さなプラスチックの欠片(定義では5mm以下)は,海のあらゆる場所に存在していて(Auta et al. 2017),かなりの多くの種類の海洋生物によって誤食されています.

例えば,奇妙なことにサンゴは,マイクロプラスチックを好んで食べていたという研究報告まであります(Allen et al. 2017).

マイクロプラスチックは,プラスチックの製造時に使用された(潜在的に)有害な添加剤を海水中に放出します(Hermabessiere et al.. 2017).

プラスチック製品が海に捨てられ,紫外線などを浴びて劣化するとボロボロと崩れてマイクロプラスチックになります.

崩れることで,プラスチックの内部に潜んでいた化学物質が露わとなり海中に放出されます.

さらに劣化してバラバラになるとさらに内部にあった化学物質が放出され...

しかも,マイクロプラスチックは添加剤を海水に放出する一方で,海水中にすでに存在している残留性有機汚染物質(POPs)を吸収吸着してしまいます(Galloway et al. 2017).

このような残留性汚染物質には,すでに国際条約で使用が禁止されたDDTといった殺虫剤やポリ塩化ビフェニル(PCBs)などが含まれます.

そもそもプラスチックは疎水性が高いために,これらの有機汚染物質を吸着しやすい性質がありますが,マイクロプラスチックは小さいために(大きなプラごみに比べて)体積当たりの比表面積が大きく,ますます吸着しやすいという特徴があります.

マイクロプラスチックの影響

では,マイクロプラスチックは海洋生物に害を与えているのでしょうか?

これはまだ不確かで,おそらく異なる生物や環境条件によって答えは様々でしょう.

先ほど説明したように,マイクロプラスチックは汚染物質を吸着する性質を持っていますが,これらの汚染物質は海水中にすでに存在しており,すでに様々な生物によって(プラスチックを経由せずに)取り込まれ濃縮されているのです.

だから,単純に動物が毒性物質を吸着したマイクロプラスチックを食べたからと言って,それでいきなり動物が毒に曝されるという意味ではりません.少なくともあるレベルまでは.

これまでのところ,現在海水中から検出されるマイクロプラスチックの濃度は,いきなり海洋生物を殺すほどに危険なレベルではないことは分かっています.

しかし,慢性的にマイクロプラスチックに曝され続けると,それは海洋生物の摂餌能力や成長,生殖機能に影響を及ぼす場合があります(Galloway et al. 2017).

例えば,マイクロプラスチックに曝され続けると,カキや幼生のエネルギー摂取や再生産,生殖能力が阻害されることがわかっています(Sussarellu et al. 2016).

つまり,このまま海に捨てられるプラスチックの量が増え続ければ(爆発的に増えています!),時間とともに海洋生物の個体群や栄養構造,ひいては生態系全体に大きな影響を及ぼす可能性があるのです.

もっと怖いナノプラスチック?

マイクロプラスチックよりさらに小さいサイズのプラスチックがあります.

「ナノプラスチック」と呼ばれるもので,サイズが1㎛よりも小さなプラスチックを指します.

ナノプラスチックは極めて小さいため,ほとんど研究が進んでおらず,その分布もほとんど分かっていません(Chae & An 2017).

先に説明したマイクロプラスチックについての研究論文が次々と発表される中,ナノプラスチックはまだまだ未開拓の分野で海洋生物や生態系に及ぼす影響はほとんど知られていません(da Costa et al. 2016).

しかし近年の研究によって,ナノプラスチックはマイクロプラスチックよりもさらに厄介な存在であることが分かってきました(Mattsson et al. 2017).

例えば,ナノプラスチックは植物プランクトンから動物プランクトン,そして魚類へと食物連鎖を通して栄養段階を昇っていきます.

比較的大きなプラスチック片とは異なり,ナノプラスチックは動物プランクトンの生存能力を低下させます.そしてナノプラスチックは魚類の血液-脳関門を突破し,魚の脳組織に蓄積します(Mattsson et al. 2017).

ナノプラスチックに曝露された魚類は,食べるのが遅くなり周囲を詮索する行動力も落ちていました(Mattsson et al. 2017).

海底に覆い被さるごみ

これまでに多くの研究が,プラスチックが個体群(個々の生物種)に及ぼす影響に焦点を当てていますが,プラスチックは生態系レベルでも甚大な影響を及ぼすことを忘れてはいけません.

そこには塩湿地,マングローブ,サンゴ礁,海草藻林,カキ礁など実に様々な脆弱な生態系が含まれています(NOAA 2016).

たとえば,プラスチックごみが海底の生物に直接覆い被さり,窒息させ,壊れやすい海底の植生(サンゴや海草など)に深刻なダメージを与えています(Kühn et al. 2015).

プラスチック生命圏と外来種

あまりにもプラスチックごみが多いために,今度はそれを住処として新たなエコシステム(生態系)が形成されると指摘する研究者もいます.

このようなプラスチックにまつわる独自の生態系を「プラスチック生命圏(plastisphere)」と呼びます(Zettler et al. 2013).

最後に,もう1つ興味深い事象が確認されています.それは,漂流するプラスチックが筏(いかだ)となって,海洋生物を違う国に運搬するということです.

いまだ記憶生々しい2011年の東日本大震災で起きた津波によって,たくさんの海洋ゴミが流され,太平洋を漂流して,北米西海岸やハワイに漂着しました.

このとき,日本から漂着したプラスチックごみからは289種の海洋生物が確認され,中には北米で記録のない生物まで含まれていました(Carlton et al. 2017).

プラスチックの多くは浮力が高くまた頑丈なため,太平洋を漂流中も沈むことはなくある国から別の国へと沿岸生物をまき散らす要因となっています.

これが新たな外来種問題をはらんでいることは言うまでもありません.