世界最深!マリアナ海溝からプラスチックと高濃度の汚染物質

深海の海底と無人探査機

米国海洋大気庁(NOAA)が世界で一番深いマリアナ海溝の海底で見つかるごみの映像を公開しています.

禁止されたはずの有害物質が世界最深のマリアナ海溝でみつかる

カイコウオオソコエビ

水深6000m以上の超深海に生息するカイコウオオソコエビ.マリアナ海溝に生息する端脚類の1種.Source: Wikimedia Commons (CC BY-SA 2.5)

イギリスの研究チームは,世界で最も深い,水深10,000メートルを超えるマリアナ海溝に生息する生物が,信じられないくらい高い濃度の有害な化学物質によって汚染されていることを発表しました(Jamieson et al. 2017).

マリアナ海溝に生息する,大きさが2 cmほどの端脚類(たんきゃくるい)という小さな甲殻類からは,中国で最もひどく汚染された川に生息するカニよりも50倍も高い濃度の汚染物質(ポリ塩化ビフェニル)が検出されたのです.

深海は,まだ人間活動の及ばない,原始の海が残っているフロンティアのはずでした.

しかし今回の結果を受けて,もうそれは事実ではないことを科学者は知ることになります.

深海生物からプラスチックの添加剤

深海の海底

研究チームは,マリアナ海溝(水深7,841 m〜10,250 m)で採集した端脚類から,2種類の残留性有機汚染物質(POPs)を検出しました.

ポリ塩化ビフェニル(PCBs)と,プラスチックの添加剤として使われるポリ臭化ジフェニルエーテル(PBDEs)です(Jamieson et al. 2017).

残留性有機汚染物質(POPs)とは,自然に分解されにくく,生物濃縮することで,ヒトや生態系に害を及ぼす有機物のことです.

分解されずに何十年という長い間ずっと環境中に残り続けます(Martin et al. 2004).

ダイオキシンや殺虫剤のDDTなどもこの物質にあたります.

ポリ塩化ビフェニル(PCBs)は,電気機器の絶縁体など幅広い分野に用いられ,1930年代から,その危険性が知られる1970年代まで製造されていました.

すでに世界中で生産されたPCBsはおよそ130万トンと推定されています(Breivik et al. 2007).そのうち3分の1が,沿岸の堆積物と外洋に漏れ出たと考えられています(Tanabe 1988).

さらに,一部の途上国でみられるように,管理が行き届いていない埋め立て地から,いまだに禁止されたPCBsが漏れ出ているのです(Allchin et al. 1999).

またPBDEsは,主にプラスチックやプラスチックの繊維に難燃性を持たせるために使用されてきました.

汚染物質は世界最深部のすみずみに?

残留性有機汚染物質(POPs)は,人間活動から遠く離れた,極域や外洋までも拡散しています(Scheringer et al. 2004).

そして今回,最も深い海にまで届いていることが分かったのです(Jamieson et al. 2017).

これらの汚染物質は,汚染物質を取り込んだ動物の死体の沈降や,沈降するプラスチックの粒子にくっついて運ばれてきたのでしょう(Jamieson et al. 2017).

POPsは疎水性が高く,そのためプラスチックによくくっつきます(Mato et al. 2001).

深海は,非常に遠いイメージがありますが,実は海の表層と密接につながっているのです(Smith et al. 2009).

深海にやってきた汚染物質は,海底の泥に蓄積し,いとも簡単に食物連鎖に取り込まれます(Knezovich et al. 1987).

深海生物からは,表層に生息する生物よりも高い濃度の汚染物質が過去にも報告されています(Knezovich et al. 1987Froescheis et al. 2000).

マリアナ海溝のような非常に深い場所には,たくさんの腐肉食動物が生息しています.

端脚類の仲間がその代表です.餌がほとんどない深海では,表層から沈降してくる有機物が貴重な餌となっています.

わずかな有機物の塊でも沈降してくれば, 彼らはそれに群がって来ます.

マリアナ海溝の端脚類から見つかったポリ塩化ビフェニル(PCBs)の濃度は,汚染物質が溜まっていることで悪名高い駿河湾とほぼ同レベルでした(Lee et al. 1997).

駿河湾は工業地帯が多く,歴史的に非常にたくさんの有機塩素化合物を使用してきました(Lee et al. 1997).

研究チームは,マリアナ海溝から7000 km離れた場所にあるケルマデック海溝(水深7,227 m〜10,000 m)で採集された端脚類もまた,非常に高いレベルで汚染されていることを報告しています(Jamieson et al. 2017).

マリアナ海溝とケルマデック海溝のどちらでも,調べたすべての深度で,全ての端脚類から汚染物質が検出されました(Jamieson et al. 2017).

汚染物質は,もう深海のどこにでもあるのです.

海溝はごみのホットスポット?

米国海洋大気庁(NOAA)が2016年に行った調査では,マリアナ海溝の一部であるthe Sirena DeepとそのちかくのEnigma海山に続く斜面から様々なごみを見つけています(上記の映像).

海溝は,海洋プレートが沈み込む場所で海底に細長い溝があります.

ここは人間活動からは最も遠ざかった場所であり,原始の海が残っていると考えられてきましたが,すでに様々なごみが蓄積しています(Shimanaga 2016).

その多くはプラスチックごみが占めています.

残留性有機汚染物質(POPs)はプラスチックごみに効率よく吸着されます(Endo et al. 2005, Teuten et al. 2009, Engler 2012).

そのため,プラスチックを誤食することで吸着したPOPsは海洋生物の脂肪に蓄積し,食物連鎖を通して生物の体に濃縮されます(Bakir et al. 2012).

マリアナ海溝とケルマデック海溝の端脚類から,1970年代から製造と使用が禁止されたはずのポリ塩化ビフェニルやプラスチックの難燃剤として使われるPBDEsが高濃度に見つかった事実は,汚染物質は極めて遠くまで運ばれていることを意味します(Jamieson et al. 2017).

PCBsの場合,ヒトは,その危険性が分かってから使用と製造を止めました.

しかし,すでに解決したかのように思われていた(勘違いしていた)この問題が,プラスチックごみによって再び蒸し返されているのです.