プラスチックの歴史をチラ見してみよう

ベークライト
暮らしの中のプラスチック

プラスチックは誰が発明したの?

プラスチック産業の時代が始まったのは第2次世界大戦後の1950年代で、本格的にプラスチックの製造が始まってからまだ60年ほどしかたっていません。プラスチックはいつごろ、誰が発明したのでしょうか。

1855年にイギリスのアレキサンダー・パークス(Alexander Parkes)が、綿から取り出したセルロースに硝酸と他の物質をまぜて、透明でベタベタした物質を作り出しました。天然高分子の化学構造を化学反応で変化させたもので半合成高分子といいます。

これが歴史上、最初の熱可塑性(ねつかそせい)プラスチックとされています。パークスは、これをパークシン(Perkesine)と名付けましたが、資金が足りなくて実用化にはいたりませんでした。

その後、1969年に、ニューヨークの実業家、ジョン・ウェズリー・ハイアット(John Wesley Hyatt)が、パークシンを元の材料にして(ほぼパクって)、硝酸セルロースに樟脳(しょうのう)を混ぜて、セルロイドと名付けて実用化・商品化します。

セルロイドは、メガネのフレームや万年筆、映画や写真のフィルムなど様々なものに使われました。ビリヤードの球に使われる象牙の代用品としても活躍し、野生動物の保護にも一役買いました。

日本でも明治のはじめから、セルロイドを使って人形や雑貨、婦人用アクセサリー、フィルムを製造するようになり、国産のセルロイドの製造も始まりました。

セルロイドの製造に使う樟脳は、クスノキ(樟樹)の葉や枝などを原料に作られます。20世紀のはじめ、樟脳の主要産地であった台湾を領土にしていた日本は、昭和のはじめに世界一のセルロイド生産国になります(吉兼 2011)。

しかし、セルロイドは発火性があるのが大問題でした。極めて燃えやすいため、戦後は他の種類のプラスチックに代替されていきました。現在では、セルロイドはメガネのフレーム、万年筆に使用されている程度です。

完全なるプラスチック:ベークライトの誕生

ベークライト

20世紀にはいってすぐ、天然素材を使わない、完全な合成高分子(つまりプラスチック)が誕生します。

1907年、ベルギー生まれのレオ・ベークランド(Leo Baekeland)は、石炭からとりだした炭化水素物質から合成高分子をベースとしたプラスチック(フェノール樹脂)を作り出します。「ベークライト(Bakelite)」と名付けられました。

ベークライトは大人気となり、キッチン用品からオモチャ、電話の受話器やラジオ、テレビのケースカバー,エンジンのパーツにまで幅広く使用されるようになりました(Groot 2009)。

その後,ナイロン、ポリ塩化ビニル(PVC)やポリウレタン(PUR)、ポリスチレン(PS)、ペットボトルのPETなど様々な種類のプラスチックが世界各地で生み出されていきます。これらのプラスチックはすべて、石油や天然ガスなどの化石燃料をベースにした合成高分子(合成ポリマー、合成樹脂)です。

ベークライト

プラスチック大量生産の幕開け

第2次世界大戦(1939-1945)になると、銅やアルミ、鉄が軍事利用で貴重になったことから、代わりにプラスチックの需要が世界的に増加しました。そしてプラスチックの製造メーカー、機械メーカー、鋳型メーカーが栄えていきます(Beall 2009)。

第2次世界大戦の終結後、安くて使い捨てできる便利さがうけて、プラスチックは市場に急速に拡大していきます。

こうして家庭内で利用される日用品の多くはプラスチック製品が代用するようになりました。それゆえ、第2次世界大戦を境にプラスチック産業の時代が始まったと言われています(Morris 1986, Beall 2009)。

日本でも、戦後、プラスチックの生産量が増大していきました。1950年にはわずかに1万7000トンだった生産量は、1965年には170万トンに急増します(金子 2007)。1960年以降、プラスチックの生産量はさらに急速に増え、オイルショックで落ち込んだこともありますが、1995年には1400万トンに突入しました。

その後、他国での生産量の増大もあり、日本では少し落ち着きを見せ、2009年以降の生産量はおよそ1000万〜1100万トンで推移しています(日本プラスチック工業連盟ー統計)。

wakamori

海のプラスチックごみ問題をきっかけに、身の回りのプラスチックを減らそうと決意。できることからはじめるうちに、だんだんと楽しくなってきました。普段は海のプラス...

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