現存するクジラ目80種類のうち,すでに59%に相当する47種類のクジラの消化管から海洋ごみが見つかっています(Kühn et al. 2015).
海洋ごみの摂食が原因で死んだクジラの場合,約60%が漁具の飲み込み,残りの40%がプラスチックごみの飲み込みが主な死因とされています(Baulch & Perry 2014).
浜辺に打ち上がったクジラの胃袋からポリ袋などのプラスチックごみがでてくることは何も珍しいことではありません(de Pierrepont et al. 2005).
マイクロプラスチックを飲み込むクジラ
ところが最近になってクジラは大きなプラスチックごみだけではなく,顕微鏡サイズのマイクロプラスチックまでも誤飲していることが明らかになってきます.
オランダで座礁したザトウクジラの胃中からはサイズが5 mmよりも小さなマイクロプラスチックがでてきました(Besseling et al. 2015).
ヒゲクジラの仲間は,その大きな口で餌のプランクトンを吸い込むときにマイクロプラスチックも一緒に飲み込んでいるのです(Fossi et al. 2016).
たとえばイワシクジラは,餌のオキアミを食べるときに1度に71 立方㍍の海水を吸い込みます(Goldbogen et al. 2007).
71 立方㍍と言えば,一般家庭のバスタブ約350杯に相当します(バスタブの容量を200㍑として計算).
結果的に,餌と一緒にマイクロプラスチックも飲み込んでしまうのです.
マイクロプラスチックは動物プランクトンと同じ大きさ
海中を浮遊するマイクロプラスチックの大きさは,クジラの餌となる動物プランクトンと同じくらいの大きさだったりします.
たとえば,イワシクジラの生息する地中海で採集されたマイクロプラスチックの大きさを見てみると,1 mm〜 2.5 mmの小さなプラスチックが50%を占め,残りの約40%はサイズが2.5 mm〜5 mm の大きさでした(Fossi et al. 2016).
そう,動物プランクトンとほぼ同じサイズなのです.
また地中海では,イワシクジラが摂餌活動を行うところに高密度にマイクロプラスチックが集積している傾向があります(Fossi et al. 2016).
そのため,イワシクジラが動物プランクトンを食べると必然的にマイクロプラスチックを一緒に飲み込むはめになります.
イワシクジラは1日におよそ5,800 立方㍍の海水をろ過します.
そのため地中海のイワシクジラは,餌のオキアミと一緒に1日に数千個のマイクロプラスチックを飲み込んでいると計算されています(Fossi et al. 2014).
化学物質を体に溜め込むクジラ
イタリアの研究チームは,比較的汚染がひどい地中海に生息するイワシクジラと,汚染が少ないカリフォルニア湾にいるイワシクジラの脂肪の中に含まれる化学物質の濃度を調べました(Fossi et al. 2016).
すると地中海のクジラからはプラスチックを柔らかくするためによく使われるフタル酸系の可塑剤(*)やプラスチックが吸着した可能性のあるDDTs, ポリ塩化ビフェニル(PCBs), ヘキサクロロベンゼン(HCB)といった残留性有機汚染物質(POPs)の濃度が,カリフォルニア湾のクジラよりも高く検出されました(Fossi et al. 2016).
*可塑剤としてポリ塩化ビニルに広く使われるフタル酸ビス(2-エチルヘキシル)(DEHP)が代謝されてMEHP(フタル酸モノエチルヘキシル)になったものをクジラから検出(Fossi et al. 2016).
さらに地中海のオキアミからもMEHPが検出されており,クジラの餌もまたプラスチックに由来する化学物質にすでに汚染されていることが分かっています(Fossi et al. 2014).
このように地中海のイワシクジラは有害な化学物質を含むマクロプラスチックを直接飲み込み,さらに化学物質に汚染された餌プランクトンも食べることで体の中に汚染物質を溜め込んでいるのです.
クジラがプラスチックを除去する?
イワシクジラは,一日に900 kgのプランクトンを食べます(Fossi et al. 2016).
そこには大量のマイクロプラスチックも含まれているはずです.
こうしてイワシクジラは,摂餌活動によって海中から大量のマイクロプラスチックを除去していると考えられています(Fossi et al. 2016).
そして糞をすることで別の海域に,あるいは深層にプラスチックを運びます.
しかしプラスチックにくっついていた化学物質はクジラに残ったままでしょう(Fossi et al. 2016).
イワシクジラは,その広範囲な生息地にもかかわらず世界中で絶滅危惧種にリストされ,地中海でも危急種に指定されています(IUCN Red list).
このままではプラスチック汚染によってその生存がさらに脅かされることになると研究者は指摘しています(Fossi et al. 2016).