今日までに生産されるプラスチックのおよそ半分は海水よりも比重が軽いため,水に浮きます(PlasticEurope 2015).
しかし軽いプラスチックごみも,海の表層にずっと留まり続けることはありません.いつかは沈み始めます(UNEP and GRID-Arendal 2016).
フジツボなどの付着生物がついて重くなり沈降する場合もあれば(Ye & Andrady 1991),プラスチックの袋や容器に砂などの無機物が入って重くなり沈む場合も考えられます(Pham et al. 2014).
小さなマイクロプラスチックは生物に食べられて表層から深層に運ばれることもあるでしょう(Choy & Drazen 2013).
海水が沈み込む?
ここでは,水の動きによって深層へ運ばれていくプラスチックについて見ていきましょう.
もしプラスチックごみの比重がほとんど海水と変わらない場合は,中性浮力(浮きもしないし沈みもしない状態)を保ったまま海水の動きにのって深海(深層)へと運ばれていきます.
海水が表層から沈み込めば,プラスチックも一緒に下方へ輸送されます(Tubau et al. 2015).
どうやったら海水は沈み込むのでしょうか?
海水の沈み込みは,気候の変化によって引き起こされる現象で中緯度から高緯度の海域でよく知られています(Ivanov et al. 2004, Durrieu de Madron et al. 2005).
たとえば冬場に冷たい風が吹きつけ,表層の水が冷却され,また蒸発によって塩分が高くなると,低温で高塩分の海水になります.
海水は冷えると密度が大きくなり重くなります.
また塩分が濃いとやはり密度が大きくなり重くなります.もし表層の水が,下層の水よりも重ければ,海水の沈み込みが発生します.
沈んだ海水は,海底にぶつかりながら海底の斜面を下っていき,より深層の水と密度が同じになるまで潜り続けます(Shapiro et al. 2003, Durrieu de Madron et al. 2005).
このように沈み込む海水と一緒にプラスチックごみも深層に運ばれていくのです(Tubau et al. 2015).
深層に運ばれたプラスチックごみは,海底の大陸棚から大陸縁辺部(たいりくえんぺんぶ)にかけて蓄積していきます(Pham et al. 2014).
特にプラスチックごみは海底谷(かいていこく)に溜まる傾向があります(Pham et al. 2014).海底谷とは,海底の大陸斜面に存在する谷のことです.
これまでに底引き網の調査によって海底谷にはたくさんの海洋ごみが蓄積していることがわかっています(Pham et al. 2014).
同様に,海底プレートが沈み込んで海底が溝状に細長く深くなっている海溝(かいこう)でも,やはり海洋ごみが集積していることがわかっています(Shimanaga 2016).
悠久の旅をするプラスチックごみ?
世界の海には,表層の水が水深数千メートルまで一気に沈み込む場所が2つあります.
それは北大西洋北部のグリーンランド沖と南極の周辺です.
海水が沈み込むためには,低温で高塩分という条件が必要だと話しました.
グリーンランド沖と南極の周辺には,非常に塩分の濃い海水が集まりさらに非常に冷たい大気によって海水が冷却されるため,ここで大規模な海水の沈み込みが発生します.
こうして沈み込んだ海水は,深さ数千メートルあたりまで沈み込み,深層水となって世界の海底を旅しながら,ふたたび表層に浮上してきます.
このような大規模な深層水の長旅を,深層大循環(または熱塩循環)と呼びます.
この深層大循環を引き起こす大規模な海水の沈み込みによっても,プラスチックの一部は深層へと運ばれていくでしょう(UNEP and GRID-Arendal 2016).
深層大循環によって運ばれた海水が世界の深層をぐるりと回って再び表層に浮上するまでには何千年という長い時間がかかります.
したがって何千年後には,人類の負の遺産であるプラスチックごみを再び目の辺りにする未来の人類の姿があるかもしれません.