ゴーストネットの脅威−プラスチックの漁具に絡まる海洋動物

漁具に絡まるクジラの尾びれ

南太平洋のトンガ沖でザトウクジラが漁具に絡まったまま泳いでいる動画が公開されています.

ボートからの切断を試みましたが,燃料が少なくなり,やむを得ず救出を断念しました.

 

この動画が伝えるように,海に廃棄された漁具,特に漁網はクジラをはじめ様々な動物に絡みついています.

このような紛失または遺棄され漁具は『ゴーストネット』と呼ばれ,様々な生物を死に追いやります.

ゴーストフィッシング

さらに海底を引きずり回ることで底生環境に深刻なダメージを与えます.

このようなゴーストネットによる無差別な殺戮を『ゴーストフィッシング』といいます(Breen 1990).

クジラやイルカでは,首の周りやひれ足,尾びれに遺棄された漁具が絡まります(Moore et al. 2013, Van der Hoop et al. 2013).

北大西洋で行われたセミクジラの調査では,観察された626個体のうち,実に83%の個体がロープや網による絡まりを経験していたことがわかっています(Knowlton et al. 2012).

プラスチックごみに絡まるイルカ

ゴーストネットの一部が体に絡まったまま生活することになれば体が傷つき,動きが制限され,餌もとりづらくなり,長生きすることは出来ません(Lucas 1992, Arnould & Croxall 1995, Laist 1997, Moore et al. 2009, Allen et al. 2012).

海鳥ではくちばしの周り,羽,足にロープ状の漁具が絡まり,餌をとったり飛んだりする能力が奪われます(Camphuysen 2001, Rodríguez et al. 2013).

アザラシやアシカでは,好奇心でゴーストネットに手を出してしまい絡まってしまうケースもあります(Laist 1997, Page et al. 2004).

特に子供ほど好奇心が強いため悲惨な結果を招いています(Laist 1997, Lucas 1992, Allen et al. 2012).

カリフォルニアアシカでは,若い個体ほど好奇心が旺盛で,経験も浅く,ゴーストネットで遊んでしまい漁具による絡まりの被害に遭う確率が高いといいます(Zavala-González & Mellink 1997, Hanni & Pyle 2000).

首にプラスチックごみが絡まったまま生活を続けるアザラシは成長するにつれて首が絞まり,やがて食物が捕れなくなって,ゆっくりと絞殺されていきます.

海底のゴーストネット

ゴーストネットに絡まって抜け出すことが出来なければ,餌をとる能力を奪われ,もがき苦しみ疲れ果て,餓死または溺れ死んでいきます(Laist 1997, Pecci et al. 1978).

あるいは捕食者から逃れることもできず,いとも簡単に襲われて食べられてしまうでしょう(Kaiser et al. 1996, Stevens et al. 2000, Hébert et al. 2001).

襲った捕食者まで絡まってしまう場合もあります.

多くの漁網に使われるプラスチックは軽くて浮力があります.

クジラなどの大型の動物がゴーストネットに絡まって死亡した場合,動物の重さによってゴーストネットは一緒に海底に沈みます.

死んだクジラは底生生物に食べられ,やがてバラバラの骨だけになります.

するとクジラを絡めていたゴーストネットは再び浮力を取り戻し,また海中を漂いはじめ,別のクジラを絡め....という負のスパイラルを引き起こしています.

ゴーストネットは,その表面に様々な付着生物がついて網目が詰まり,重くなって動かなくなるまで生物を絡め続けます(Erizini 1997, Humborstad et al. 2003, Sancho et al. 2003).

ゴーストネットが生物を絡め続ける時間は網のサイズや形,そして場所によって様々ですが,およそ30日から570日の間だろうと考えられています(Matsuoka et al. 2005).

しかし海の深い場所では付着生物がつきにくいため,ゴーストフィッシングはもっと長く続くと考えられています(Breen 1990, Humborstad et al. 2003, Large et al. 2009).