「生分解性プラスチック」という言葉を聞いたことがあると思います。
捨てられても自然に分解される地球にやさしいエコなプラスチックとちまたに言われ、ここ数十年にその開発と製品化が活発に進められています(Ojeda 2013)。
生分解性プラスチックは、捨ててもいつかは消えてなくなると思われていました。ところが、「生分解性」プラスチックは必ずしも海の中で分解するとは限らないのです。
海中では分解しない生分解性プラスチック?
生分解性プラスチックならなんでも、海に漏れ出ても速やかに分解されると思っていたらそれは大間違いです。
現在市場に出回っている生分解性プラスチックの大半はポリ乳酸(PLA)ですが、これは生分解に50度以上の温度を必要とするため海洋環境中では分解されません。
海中で50度以上の環境は深海の熱水噴出孔付近くらいでしょう。「生分解性」と書いてあっても、それはコンポストという特殊な条件で生分解するのであって「海洋生分解性」ではないのです。仮に分解したとしても、それにはとてもとても長い時間が必要になります。
本来なら、生分解性プラスチックは、土壌や河川・海洋などの自然環境下で微生物により分解・消費され、自然に還っていかなければなりません。
しかし、自然環境下で生分解性を評価する方法は、試験が長期にわたる上に、場所や季節によって結果がバラつくため、たいていコンポストを用いた方法で生分解性が評価されています。
生分解性の試験の多くは、温度が20℃〜60℃で実施され、閉鎖形で、温度・通気および水分レベルがコントロールされた条件で行われます。微生物も特定のものが評価に使われることもあります。
このような特殊な条件下で許容範囲の時間スケール内に完全に分解(無機化)されたプラスチックはすべて、「生分解可能(biodegradable)」や「堆肥化可能(compostable)」と名乗ることが出来るのです。
でも、そう名乗ることが許されたからといって、全ての生分解性プラスチックが海でも同じように分解されるわけではありません。
しかも「生分解性」をテストするための施設で発生するプラスチックの微細片は、たいていコントロールされた閉じた系の中で発生するので、それが環境中に漏れ出すリスクは最小限に抑えられているわけです(Kubowicz & Booth 2017)。
ですからマイクロプラスチックの脅威のことなどは考えに含まれていません。そのため生分解性プラスチックから生じた大量のマイクロプラスチックが自然環境中でどのように分解されるかについての評価もほとんどありません(Kubowicz & Booth 2017)。
「生分解性」と表示することの問題点
困ったことに「生分解性」という言葉は、エコで環境に優しいというイメージを植え付け、消費者や企業に大きな誤解を与えています(Kubowicz & Booth 2017)。
プラスチックが「生分解性」あるいは「堆肥化可能」などと表示されていると、消費者や企業は、あたかもどんな条件下でもプラスチックが(特殊な条件下でテストしたのと)同じように速いスピードで分解されるものだと勘違いをしてしまうのです(Kubowicz & Booth 2017)。
そのためカリフォルニア州では、プラスチック素材商品に「生分解可能」「堆肥化可能」という環境に優しい文言を記載することを、法律で原則禁止しています(Alameda County District Attorney’s Office Feb 1 2017)。
「生分解性」という文言は、それが消費者の手に渡る製品に使われる場合は、きわめて慎重にならないといけないわけです。
酸化型の生分解性プラスチックの問題
余談ですが、生分解性プラスチックのなかには、「酸化型生分解性プラスチック」というものもあります。
酸化型の生分解性プラスチックとは、従来の石油由来のプラスチック(たとえば、ポリエチレン、ポリプロピレン、PET)に、酸化を促進する添加剤(プロデグラダントといいます)を加えたものです(Ammala et al. 2011)。
太陽光の紫外線や熱、酸素に曝されると、添加剤のおかげでプラスチックのポリマーの酸化反応が素早く起き、ポリマー分子の鎖が切れて小さくバラバラになっていきます(酸化分解といいます)(Ammala et al. 2011)。
こうして素早く崩壊して小さくなったプラスチックの欠片を微生物に分解してもらおう(生物分解といいます)という発想です。
この酸化分解の過程でプラスチックは急速に微細化して、膨大な数のマイクロプラスチックを生み出してしまいます(O’Brine & Thompson 2010, Toshin 2012)。
酸化型生分解性プラスチックの酸化分解スピードは速いので、あたかも大きなプラスチック製品が急速になくなってしまうような印象を与えますが、発生したマイクロプラスチックは、従来のマイクロプラスチックと何ら変わりはありません(Kubowicz & Booth 2017)。
酸化型生分解性プラスチックから発生したマイクロプラスチックは、海などの自然環境条件下では、完全に生物分解されるのにしばし数十年間〜という非常に長い時間がかかります(Kubowicz & Booth 2017)。
そのため生分解性プラスチックから発生した小さな破片は、環境中に長く留まり、生態系に脅威を与え続けることになります(Roy et al. 2011)。そのため、2018年にEU議会で可決された使い捨てプラスチック禁止法案では、酸化型生分解性プラスチックが廃止の対象になりました(European Council)。
海中で分解するタイプの生分解性プラスチック
ここまで、生分解性プラスチックのマイナス面を強調してきましたが、これから期待される面もたくさんあります。
まだあまり普及していませんが、海中で分解する生分解性プラスチックも存在します。
ポリカプロラクトン(PCL)や微生物から生産したポリヒドロキアルカノエート(PHA)など一部の生分解性プラスチックは、一定条件下で海水中でも生分解します(Sekiguchi et al. 2007)。
これまでの研究で、PCLとPHAの仲間であるポリ3ヒドロキシ酪酸・3ヒドロキシ吉草酸(PHBV) が水温20度の海水において40日以内に部分的または完全に分解されることが示されています(兼廣ほか 2018)。
PCLにしろPHAにしろ、比重が海水よりも大きいため、海に入ってしまえば直ちに沈降します。水温が20度以上の海底に留まってくれればリーズナブルな時間内に分解する可能性はありますが、それは周囲の微生物条件に左右されるでしょうし、また冷たい深海の海底(たとえば4度)まで沈んでしまえば分解には相当長い時間がかかるでしょう。その間に生物に食べられてしまうリスクはあります。
まとめ
結局のところ、現在市場に出回っている生分解性プラスチックの大半(ほとんどはポリ乳酸)は、海中でほとんど分解されないか、もしくは分解するのに極めて長い長い時間を要します(Karamanlioglu & Robson 2013)。ですから、「生分解可能」「堆肥化可能」という環境に優しい文言がついたプラスチックならなんでも安心ということはまったくないのです。
海中で分解するタイプの生分解性プラスチックも開発が進められていますが、ほとんど普及はしていません。これらの生分解性プラスチックの大量生産のめどはまだたっていないのです。
いま問題になっているプラスチックをなんでもかんでも海中分解性のプラスチックに変えればいいとう単純な話ではなく、まずはプラチックへの依存度を一気にさげて、プラスチックの生産量そのものを減らしていくことが求められています。
さらに、プラスチックごみが海に入ることを徹底的に阻止することが最も重要なりますが、どんなに完璧なシステムを作っても、わずかに漏れ出すことはありえます。そのときの保険として、PHAなどの生分解性プラスチックの利用は(完全な分解には数ヶ月以上を要する場合があるけど)とても有効な手段と言えるでしょう。これからのさらなる進化に期待です。
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