近年、健康や生態系を脅かすプラスチックの問題に対する認識がじわじわと高まっています。
プラスチックを柔らかくするために使う可塑剤(かそざい)や、芳香剤などの香りを保つためによく使われる化学物質にフタル酸エステル類があります。
フタル酸エステル類は、血液-胎盤関門を通過し、妊娠期間が短くなる問題や、男性の生殖発達の阻害、認知障害や、行動異常などとの関連性が指摘されています(Swan et al. 2015, Ejaredar et al. 2015)。
フタル酸エステルは、プラスチック製のおもちゃ(特にPVC、塩ビ製のおもちゃ)、壁紙など家庭用建材、化粧品、芳香剤、シャンプーに至るまで、私たち消費者製品に広く使用されています。
さらに、フタル酸エステル類は、内分泌機能を阻害し、おそらく子宮内での胎児の脳発達を妨げると研究者らは考えています(Daniel et al. 2020)。
今回、コロンビア大学やイスラエルの研究チームは、フタル酸エステル類への出生前の曝露が、その後に生まれてくる女児の運動機能の障害と関連があることを明らかにしました(Daniel et al. 2020)。
この研究では、ニューヨーク市の209人の女性とその子どもを対象に調査。研究者らは、妊娠第3期(妊娠28週から40週まで)の母親の尿中から7種類のフタル酸エステルの代謝産物(体内で代謝された後の産物)を測定。さらに、産まれてくる子どもが11歳になったときの運動機能を調べました。
すると、高濃度のフタル酸エステル類の代謝産物に曝露された女児では、微細運動の機能が低下していることがわかりました。微細運動とは、手や指を使った細かく精密な動作を必要とする運動のことです。ペンを持って書いたり、箸を持ったりする運動ですね。
フタル酸エステル類は、脳の発達、特に小脳の発達に重要な甲状腺ホルモンの濃度を変化させることが知られており、それが微細運動の機能低下を説明する1つの要因になっています。
微細運動の機能が低下している女児は、学業に支障をきたす恐れがあり、特に筆記や、電子機器の操作に問題、あるいは手と目の連動性にも問題があるのではないかと指摘されています。
しかし、この微細運動の機能低下は男児ではみられませんでした。
フタル酸エステル類は、運動技能の発達に関連する特殊なニューロンを破壊することが示さており、その運動技能には、微細運動も含まれます。一般的に、男児よりも女児の方が、微細運動が早く発達するため、それが微細運動の低下が女児で見られた理由なのかも知れません(Daniel et al. 2020)。
運動機能の低下に特に寄与していた化学物質は、フタル酸モノブチル(MBP)、フタル酸モノベンジル(MBzP)、フタル酸モノイソブチル(MiBP)の3種類のフタル酸エステル類。
フタル酸エステル類は、プラスチック製品などから容易に漏れ出し、環境中に放出されます。
人が、フタル酸エステル類に暴露する経路は、さまざまにあります。食事(食品包装・容器などからでてくる)、空気からの吸入(芳香剤、香水などに使用される)、パーソナルケア製品の使用による皮膚からの吸収などがあります。
<参考文献>
Sharon Daniel, Arin A. Balalian, Robin M. Whyatt, Xinhua Liu, Virginia Rauh, Julie Herbstman, Pam Factor-Litvak (2020) Perinatal phthalates exposure decreases fine-motor functions in 11-year-old girls: Results from weighted Quantile sum regression. Environment International 136: 105424 DOI: 10.1016/j.envint.2019.105424